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2005/10/20

現地報告

 サンティアゴ・アティトランの状況 改訂・補足版 現地 石川さんより 

<避難所暮らし>

 サンティアゴ・アティトランは市場も再開され、少しずつ日常の生活を取り戻しつつある。
 しかし避難所がサンティアゴ・アティトランに41あり、どこも一杯である。避難所に登録されている人数は4025人で、場所により30人から400人が共同生活を送っている。このほかに、知り合いの家に住んでいる住んでいる人も多くあるが、人数は把握できていない。
 政府は家に戻れない被災者全員のための仮設住宅建設を約束し、緊急委員会(市長と市民セクター代表により設置)は10月20日には現在の避難所を閉められるよう、実施を急がせた。10月13日から建設が始められたが、この仮設住宅は体育館のような施設で(90m×150m)、共同生活をすることとなるので、果たしてどれだけの人がここに行きたいと思うかは定かではない。
 仮設住宅を使う期間を1年と定め、この間にその後の定住地となる農園あるいは土地を入手するという方向を考えている。
 
 <パナバフ地区>

 土砂崩れは10月5日水曜日の未明に起きた。その2日前や前日にも避難勧告が出ていたが、事前に避難していた人はほとんどいなかった。午前1時頃に初めの土砂崩れが起きたが、雨の降り続く暗闇の中、状況も把握できずにそのまま家に多くの人が残ってしまったのだろうという。そして再び4時頃に大規模な土砂崩れが襲ったのだという。せめて懐中電灯でも持っていれば、夜中でも避難ができただろう、という声もある。

 パナバフ地区で発見された遺体は大人25人、子ども63人。このほかに500~600人が生き埋めになったと思われる。この地区の正確な人口統計などもなく、正確な数はつかめていない。500家族ほどがパナバフ地区で生き残り、避難所で生活している。(この地区の災害前の世帯数は1400~2000という数字も言われている)

 パナバフ地区は現在「危険地域」に指定され、立ち入りを禁止されているが、地域内に土地を持っていたり住宅が残っている家族などは戻りたいという気持ちが強い。その一方で、また土砂崩れがあるかもしれないという不安・恐怖も抱えている。
 自治体関係者は「危険地域」に住民が入っていくことを認めるわけにはいかず、地域住民と行政の立場の板挟みでつらいところもあるとのこと。
 
<ツァンチャフ地区>

 ここでは、コミュニティ全域が飲み込まれたのではなく、場所によって被害規模は異なる。それでも、少なくとも9名の死者が確認されている。
 一部の住居は崩壊、多くの住居が損害を受けた。家が残っていても、土砂が入り込んでおり、修復には時間も費用もかかることや、さらなる土砂崩れの心配から、避難所生活を送っている人も多い。家を空けている間に、残っていた物を盗まれることもよくあると言う。

<救援活動>

 当初、外部からの援助が届かない中で、土砂崩れに飲み込まれた家族を救うために住民同士が連帯した。被災者の救出と遺体の発掘、避難所での食事や毛布・衣服の提供などに地域住民みんなが動きだし、少しずつ支援の体制が作られた。
 被災から3日目には、ディエゴ市長を責任者に据えた「緊急委員会」を設置し、援助の調整窓口としている。その下に、避難所、救援物資センター、保健、救出他のチームを作り、教員や教会、消防団ほか市民セクターと自治体がが協力して、組織的な支援を展開し始めた。政府機関からの支援物資は、土曜日(4日目)にわずかな量がやっと届いた。
 災害から10日が過ぎ、また少しずつ食料援助などの流れが減ってきている。他に不足している物資は、女性 たちの民族衣装。洋服の援助は届いてくるが、女性たちはコルテとウィピルしか身につけない。

緊急委員会では、以下の段階で緊急支援から復興をとらえている。
第1フェーズ: 1ヶ月間。被災者救出と遺体発掘。被災者への避難所と食事の提供など。
第2フェーズ: 1年間。被災者に仮設住宅を提供。食糧の確保。中期、長期の計画を立てる。
第3フェーズ: 土地を購入して、住居を建設、1000家族(??)が定住できる条件を整備。
第4フェーズ: みなが生産し、仕事を持てる。これでやっと災害の傷が癒えることになる。

 CONICを通じて入ってきた、OXFAMやHIVOS、Save the Childrenなどの大きなNGOも動き始めている。
避難所への仮設トイレの供給、水道設備の修復なども検討されている。カナダ政府は避難所向けの飲料水共有に浄水器を設置。スイス大使館はCONICを通じて、食糧輸送のためのボートを提供している。
 CONICからは何人かのメンバーがずっとサンティアゴに入って、緊急委員会と調整しながら支援している。当面はトウモロコシとフリホールなどの食料確保を優先する。

 サンティアゴ・アティトランでは、援助窓口を「緊急委員会」としているが、救援当初に100万円相当を自治体の予算から投入しており(地域住民を避難させたり遺体を運び出すための車とボートの燃料代、お棺の費用)、この分をどこから埋めることができるのか、に頭を悩ませている。
 
<ディエゴ市長から日本へのメッセージ>

 「支援して欲しい。」と開口一番。少し間をおいて、以下のように続けた。
 「サンティアゴ・アティトランは、深い悲しみにあります。この10月5日から、サンティアゴのコミュニティPanabajは消えてしまいました。保健省から危険地域として宣言され、自治体はこれを承認しました。多くの死者が確認され、土砂の下には何百という人々が埋められたままです。親を失った子どもたち、子どもたちを失った親たち、連れあいを失った男性や女性たち、そして存在しなくなってしまったたくさんの家族。
 被災者のために、地域の皆が連帯しています。このサンティアゴの市長として、地域住民の今後の安全な生活を保障するために力を尽くします。日本の友人のみなさんからの支援に感謝し、これからも支援を続けていただきたく思います。」

 市長自身も、いとこの家族を失った。子どもの多い、11人の家族だったという。


おまけ:
 「アティトランの水は汚染されている、危険。」「アティトラン湖の魚を食べたら病気になる。」
土砂に飲まれた犠牲者の遺体や、動物の死骸、畑の農薬、様々なゴミが湖に流れ込んだので、水道水には自治体が塩素を入れるようになり、漁は禁止された。漁師たちが「生活できなくなる」として反発し、「湾の外では漁を許可する」とした。市場ではまたたくさんの女性たちが魚を売り始めたが、買い手はない。
 湖面には、まだまだたくさんのゴミや木の枝が浮かび、ボートのモーターにビニールが引っかかったり。
 湖も、何とも悲しい様子。またこの湖の水が、みんなに信頼される自慢の水になるのに、どのくらいの時間がかかるだろう。

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