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2005/11/26

スタン被災・復興特集記事

 スタン被災・復興特集記事

 BBC放送のスペイン語版インターネットサイトに「グアテマラ:災害から飢餓へ」とショッキングなタイトルの特集が組まれています。ビデオ、写真などもあります。

 グアテマラの農村部の食糧不足の危険があります。次の収穫までの生活を支えていく支援が必要とされます。

http://news.bbc.co.uk/hi/spanish/specials/2005/guatemala/#

 グアテマラの農村部の食糧不足の危険があります。次の収穫までの生活を支えていく支援が必要とされます。開発と権利のための行動センターでも復興支援にも取り組んでいきますので、是非ご協力ください。
 
http://homepage3.nifty.com/CADE/campaign/stan/stan.html

 開発と権利のための行動センター
 青西靖夫

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2005/11/18

グアテマラ被災状況のまとめなど

グアテマラ被災状況のまとめなど

 このところ、あまりインターネット上の情報チェックなどをしていなかったのですが、11月16日にCONRED(国家災害軽減委員会)のサイトにあれこれ情報が掲載されたようなので、それを元に整理します。

1)被災コミュニティ立地と数
 残念ながら被災コミュニティ数は10月25日の情報と較べてもまだ増加し1158だったものが1253となっています。サンマルコスが371、エスクイントラが305。(10月25日時点でそれぞれ359と258)
 もともと、橋一本、道一つで、交通が途絶してしまう可能性があるコミュニティが多々ある国では、災害の状況を的確に押さえることの難しさを証明しているかと思います。
 ちなみに下のサイトにある地図には「番号のふられていないコミュニティ、立地を確認できていないコミュニティ」という区分に754という数字が記載されています。被災しても、「どこにそのようなコミュニティがあるのかわからない」という実態も存在しています。
 本当に山がちの土地にコミュニティが点在しているグアテマラという国で、被災状況を把握することの難しさを思い知らされます。
http://www.conred.org/sig/mapas/CoMuniDam141105.jpg

2)NGOの活動状況
  欧米系大手NGOがどの地域で活動しているか、自治体レベルで把握できる地図が掲載されています。
それぞれがどうコーディネーションしているのかはわかりません。(分野で分けて、活動地域も違ったら、それは適切な調整か???)
 ちなみに行動センターは記載されておりません。あしからず。現在までは太平洋岸低地とサンティアゴ・アティトランで食糧援助等を行いました。
http://www.conred.org/sig/mapas/ONGS15nov.jpg
 
3)そのほか避難所への勧告事項などがアップされています。関心のある方は下のサイトへ
 http://www.conred.org/eventos/tormenta_stan_octubre2005/index.php#maps

4)CEPALによる被災実態評価 Estimación Preliminar de su Impacto Socio-Económico y Ambiental
  パワーポイントデータです。読みたいけどソフトのないという方はビュワーならインターネットで入手できるはずです。
 http://www.pnudguatemala.org/stan/Documentos/Informe-CEPAL.ppt

4)行動センターから考えることなど

 今年の6月にもアルタベラバス県で22人が土砂崩れで生き埋めになるという災害が発生していました。このときにも2000年から危険な地帯であるという勧告は出されていたと言います。サンティアゴ・アティトランでも土砂崩れの起きる前に危険であることは言われていました。
 確かに、グアテマラだけではなく中米各国を見回しても、山腹の土砂崩れなどに非常に脆弱な地域に数多くの人が生活しています。そこに住む人たちが全く危険を感じていないかと言えば、そんなことはないでしょう。しかし何ができるのか。まず他に住むところはない、避難を勧められても、(無理なく)避難する場所があるかと言えば、それは疑わしい、避難所にいる間の経費は誰が負担するのか?サンティアゴ・アティトランでは、夜に危険だと言われても、雨の降り続く暗闇の中で、懐中電灯もなくどうやって避難するのか、という、「そんなことが問題なの?」といいたくなるような、しかし明らかに避難を妨げる要因も指摘されていました。

 それこそ、望ましい事態ではないにしても、一度被害が起きてしまえば避難所にも援助は届くものの、被災前に避難所に住民を収容する予算などどこも有してはいないでしょう。
 危険と見なしても、強制的な移動を行う権限がないという話しがCONREDの限界としてあげられていましたが、権限だけでは人は移動できません。
 
 危険だということを把握するだけではなく、地域社会が合意して、なおかつ現実的に動かしうる避難のメカニズムというのを構築する必要があるのだろうと思います。
 
 開発と権利のための行動センター
 青西靖夫
 
 
 


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2005/11/17

今後の支援について

 皆様へ

 開発と権利のための行動センターでは、現地からの報告にもありますサンティアゴ・アティトランをはじめとして、スタン台風で被災したグアテマラのコミュニティに対して、現地カウンタパートであるCONICを通じて、緊急の食糧援助などを行ってきました。

 現在、現地の情報などを集めつつ、次の復興支援の方向を検討しております。12月には日本からも当会のメンバーを派遣し、被害の大きかったサンティアゴ・アティトランとサンマルコス県での復興計画の方向を固める予定です。
 下の報告にもありますように、サンティアゴ・アティトランでもまだまだ復興のための支援が必要とされております。
 http://cade.cocolog-nifty.com/ao/2005/11/post_0a15.html

 特にこれから生計の基盤を再度確立するために生産資材などの支援が必要になると考えております。
 
 開発と権利のための行動センターでは、被災直後には緊急の食糧援助などを行いましたが、現在も復興支援のための支援金を呼びかけておりますのでよろしくお願いします。

◆郵便振替口座:00230-5-131472
◆口座名   :開発と権利のための行動センター
(第一期として12月末までの入金は、会費等と使途の明記されているものを除き、すべて現地への支援経費とさせて頂きます)

開発と権利のための行動センター
代表 青西靖夫

 
 

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サンティアゴ・アティトランの状況(11月12,13日)

 現地石川さんが、11月12日、13日とサンティアゴ・アティトランの視察に行った報告です。

 (援助の調整などを行っていた)緊急委員会は先月末に解散。その後は自治体がこの役割を負っている。各地区(Canton)から2名ずつの代表を決め、自治体との調整を行うなどしているが、支援の実施主体ということではない。全体としてうまく行っていると言える。政党の利益等も入り込む余地を作らせず、調整もスムーズにいっている。

 <避難所生活> 
 避難所から出ている人もあり。家から泥を出し(これが結構大変で1ヶ月から2ヶ月もかかるとか)、改修し、戻れる人は戻っていく。避難所生活はつらいし、今後のことを考えると、同じ場所に戻るのは危険かも知れないが、家に戻りたい、とのこと。

 現在も避難所生活を続けるのは、本当に帰るところのない490家族。その一人がマリアさん(40代?)。CONIC(先住民族農民全国調整委員会)に参加する女性グループのメンバー。「ここの生活は辛いけれど、私は家も持ち物も全て失って行く先がありません。私は下の子が乳飲み子の時に夫を失い、織物をして子どもたちを育てました。最近では娘2人も一緒に織り、やっと3人で暮らしを立てていたのに、織物の道具も糸も失い、買うお金などありません。この先どうしたらいいのか…。」泣きながら話すマリアさんに寄り添う末娘のアナさんが続ける。
「私たち3人は家で寝ていました。でも午前3時頃、ふと目が覚めると、家の中にすでに土砂が入り込んでいたのです。あわててみんなで近くの兄の家に避難しました。何も持って出る余裕はなかったし、こんなことになるとは思ってもいませんでした。翌朝見てみると私たちの家は影も形もなくなっていました。母は毎日のように泣いているんです。ここでは食事作りや掃除、洗濯の他には何もすることがなくて、座って考え込んでばかりいるからいけないんだと思うんだけれど、本当に何もできることがないんです。」

<仮設住宅>
FONAPAZ(国家平和基金)が建設している仮設住宅は、非常に質素な小屋。細い木材を骨格に、壁と床は厚手ビニールシート(USAIDのロゴがべたべた)、トタンの屋根、各棟2部屋の250棟。5人以下の家族なら1部屋、10人家族なら1棟を使う。強風が吹いたら飛ぶか、雨が入り込まないか、土の上にビニールシートが張ってあるだけの床にスポンジなどを敷いて寝ることになる。悲しい家・・・。
11月20日に大統領が来て竣工式を予定。

<再定住の住居>
 パナバフとツァンチャフ
 カトリック教会が8.4ヘクタールを提供する予定。今の仮設住宅地の隣に位置する場所と思われる。各家族が土地の所有者になる予定。政府は、仮設住宅竣工の翌日から、再定住用のフォーマルな住居442軒の建設を始める予定だが、それまでに教会との土地の契約他が終了できるかどうかは定かではない。11月20日に大統領が来たところで、確定される。住居は、当初政府側は「2部屋+中にトイレ」を考えていたが、自治体からは土地は寄付され土地代金を節約したのだからその分を住居に投資し、これを「4部屋+外にトイレ」にするよう執拗に要求、この要求を通させた。ブロックとトタン板の住居になる。しかし、あと数十軒の住居が不足。この住居建設で、被災者自身が仕事をし、賃金を受けられるように、これから交渉する。女性たちが食事作りなどを請け負うことも考えられる。1年かからずに完成させたい。

 パヌル及び他の3地区
 こちらでも家を失った人たちがある。パナバフとツァンチャフとは反対側に位置するので、べっこに再定住用の土地を確保し、住居建設をする必要がある。こちらに関しては、政府もまだ約束していない。現在購入できる土地を探しているところ。

<その他の援助>
 文化・スポーツ省大臣が10日ほど前に来た時に、織りの道具を要請し、昨日(11月11日)に75人分の腰に巻いて使う織機とウイピル2枚分の糸が供与された。ウィピル1枚は自分用、もう1枚は文化省が高値で売る先を見つけ(?)、その代金で各自が2枚分の糸を購入、その後につなげていく、という計画らしい。女性たちの数は多く、今後もこの援助を続けるよう、文化省他と交渉を続ける。
帯を織るための小さな機を失った女性たちも多いが、これはまだ援助を得ていない。男性たちには、ペダルの織り機を使っていた人もあり、CONICを通してやってきた外国人から、木材を援助してもらったので、これで機を作る予定もある。
 また畑仕事に戻れるよう、農具(マチェテ、鍬、他)も少しずつ提供しているが、まだまだ足りない。回復できない状態になっている畑もあるが、農具さえあれば取り戻せる畑も多い。とにかく、被災者が何もしない状態から脱し、仕事を始められるようにする必要がある。

<プロモーター/普及員、指導員>
 CONICがオックスファムの援助で、5人の保健プロモーターを被災者の中から雇用している。皆若く、一人は家を失っている。大半はツァンチャフに住み、家は失っていなくとも、畑を失うなどの被害を受けている。
 プロモーターのテーマは保健だけに限定されない。現在1人は救援物資センターの補助(食料などの援助が減ってきている)、4人は避難所を訪問し、被災者にインタビューして必要性を聞き出し、これをまとめる、また避難所や仮設住宅の衛生条件などを改善するためのアイディアを出すなどしている。被災者は話したがっているので、聞くことも必要、さらに元気づけることが重要だと語る。自分たちも被災者で、みんなと分かり合え、声を代弁できる。現在台所用品などの供与を準備中。
CONICからは現在、特に農具の必要性についてまとめるよう指示を受けている。オックスファムはアティトラン周辺のサンタ・カタリーナ・イシュタウアカンでも支援を展開。台所用品の供与などを昨日始めたところ。被災者57家族というデータに基づいて物資を持っていったら、実際には290家族だった、というように、まだまだデータが定まらない。ナウアラでは、どこからも支援を受けていない村が2カ所残っていることに気づいたところで、これから支援を始める。
 教員や校長たちの子どもたちとの活動も続けている。避難所で子どもたちにアテンドしている。(しかし、私はこれを見たことがないので様子がわからない。)
よそで聞いた話では、GTZやSOSEP(大統領夫人プロジェクト)などが教員に研修を行い、子どもたちにトラウマが残らないようなケアを実施していくらしい。

 サンティアゴ・アティトランでこれまでに受けている支援としてはオックスファム(英国)+CONICが大きい。オックスファムはCONICへの支援をずっと以前からしており、CONICをカウンターパートとしてソロラ県での援助を展開中。特に水(貯水タンク、配給システム改修など)、衛生に関する支援と、物資(食料他)。Oxfamは災害の直後から現地に入り、支援を始めている。他に大きく展開している支援はないが、トイレ、医療、食料などでの援助を受けている。

 サンティアゴの南部に位置する村への道路改修工事の必要。政府機関からトラクター他の機械4台を借りているが、その燃料代だけでも大変な出費で、カバーしきれないが、これも緊急に必要。

 というように、これからの必要性としては:
*他の3つの地区(Canton)の被災者のための再定住地と住居建設。
*各家族への台所用品などの提供。また、ベッド、イス、テーブルなど最低限の家財道具の提供(板とブロックで簡単に組むだけでも)。
*インフラ改修。
*みんなが仕事に就けるようにすること。民芸品や織りの道具や材料の提供。農具提供。その後の生産手段。とりあえずの賃仕事も。そうしながら長期の生産活動の準備。

 が自治体からは提起された。

 以上

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グアテマラの状況

 BBCのスペイン語サイトに、グアテマラのスタン台風の被災状況の大きさと、食糧不足の危険性にかんして世界食糧計画へのインタビュー記事が掲載されています。

 長くなりますので、BBCのサイトの方で全文は確認ください。
 
Guatemala: una tragedia humana

Mariusa Reyes
Enviada especial a Guatemala

Mas de un mes despues del paso del huracan Stan por Centroamerica, Guatemala esta al borde de una crisis alimentaria de enormes proporciones que podria afectar a mas de 250 mil personas, en su
mayoria ninos.

http://news.bbc.co.uk/hi/spanish/latin_america/newsid_4437000/4437680.stmGuatemala: una tragedia humana

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2005/11/09

グアテマラ 緊急支援 サンティアゴ・アティトラン続報

サンティアゴ・アティトラン情報 続報
グアテマラ 石川智子さんより

CONIC(先住民族農民全国調整委員会) Pedro Esquina との話から。(2005.11.03)

サンティアゴ・アティトラン

被災者: 
 災害当初から一時的に避難所として利用を認めていた教会などが、10月29日を期限として被災者の受け入れを中止。被災者はその後学校などに移転したが、鍋・皿・コップなど台所用品や、マチェテ、薪を作るための斧など、あらゆる道具を持っておらず、厳しい状況にある。サンチャフでは、泥を取り除き改修すれば住める住居もあり、少しずつ自分の家に戻り始めている家族もあり、避難所生活をする家族数は約半分の490家族となっている。しかし、住居改修のための資材援助は全くない。
 政府が建設中の仮設住宅は、当初予定より1ヶ月遅れて11月20日頃に竣工の予定。300家族から400家族の入居を見込んでおり、大きな建物の中を家族毎の部屋に仕切る。しかし土砂崩れで埋まった土地のすぐ隣に位置し、あまりに強い恐怖から、その地域に戻りたくないと感じている人たちも多い。
 
緊急委員会:
 10月6日(土砂崩れの翌日)にカトリック及びプロテスタントの教会や教員組織他の代表によって委員会を立ち上げたが、10月末をもって委員会構成メンバーを変えた。市長が引き続き長を務め、各村2名の代表を選出し、計13名から成り、この中で救援物資センター、保健、避難所など担当チームを作っている。
 サンティアゴにはCONICのプロモーター5人があり、彼らもこの緊急委員会メンバーとなっており、CONICとしてこの委員会を支援していく体制を整えている。

復興支援: 
- 欧米系のNGOによる復興のための支援なども始まるようであり、サンティアゴ・アティトランでは水や保健衛生分野でのプロジェクトが始まる見込み。
- 被災者の再定住用地確保と住居建設は、国の責任である。しかし国との交渉にはいつも長い時間がかかり、その間苦しむのは被災者。
- CONICからは引き続き、食料、医薬品、台所用品及び農具などの支援を行う。
- 湖岸の土地でトマトなどを生産していた農民たちは収穫を失った。次の植え付けをするために、種や肥料などの支援を要請している。

 以上

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2005/11/03

不足するトウモロコシ 

グアテマラでは11月にはいり冷え込む季節になってきたようです。特にここ数日は強い寒気団は入り込み、サンマルコス県やケツアルテナンゴ県では零度以下まで冷え込むところもでてくるようです。
 避難所暮らしをしている人たちにはつらい時期だと思います。風邪などがはやらないように適切な対処が必要とされているのでしょう。

 また11月3日付のプレンサリブレ紙は、FAOによってスタンの影響に関する調査が行われたことを伝えています。この調査は脆弱な状態に置かれている農村家族を対象に行われたとのことですが、FAOによるとメキシコに接する地域では2ヶ月分、西部で3ヶ月分の穀物があるにすぎず。太平洋岸の低地ではほとんどトウモロコシもフリホーレスもないだろうとのことです。
http://www.prensalibre.com/pl/2005/noviembre/03/127003.html
 低地では種子さえあれば、まだこれからも播種が出来るかもしれません。しかし高地では来年の今頃まで収穫はありません。種子がちゃんと確保できるのか、そして次の収穫まで仕事と食べ物をちゃんと確保できるのか、非常に大きな課題だと思います。
。このスタンの被害は、グアテマラの高地の生活に大きな変化を引き起こすのではないか、非常に大きな文化的断絶を生み出すのではないかという気がします。来年のトウモロコシはちゃんと、昔からの種子で播かれるだろうか・・・ 1月にはCAFTA自由貿易協定が発効する。

 青西

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2005/11/02

グアテマラ サンマルコスの被災状況と復興への動き

 今回のハリケーン・スタンによる被害がソロラ県と並んで大きかったサンマルコス県の情報について

1)ハリケーンの襲来した時の様子を伝えている手記が「グアテマラへようこそ」のサイトに掲載されています。
  http://homepage2.nifty.com/Guatemala/NewsGUATEMALA.htm

2)現地から石川智子さんの報告(11月1日)
  
  ソロラ県と並び今回のハリケーン・スタンの被害が大きかったサンマルコス県を、現地在住の石川さんが10月23日から10月30日にかけて訪問しました。現地で諸団体を訪問しての聞き取り内容です。
 開発と権利のための行動センターでは、鉱山問題に関するキャンペーンでサン・マルコスの諸団体との関係が出来てきたこともあり、来年からスタートする予定の復興支援でもサン・マルコス県も対象とする方向で検討を進めています。
 また反差別国際運動や「ミルパ」もサンマルコスの人々と活動を行ってきました。


<サン・マルコスでの話し>
 サン・マルコスではまず、社会司僕委員会やMTC(農村労働者運動)などカトリック教会系の組織を通じて、今回の被災状況や支援状況についての情報を収集しました。

 サン・マルコス司教館として司教区全域で被災者への支援に当たるよう、緊急支援にむけての会計を一つにまとめて、そこから各地への支援経費などを出している。司教館を構成する16の組織には、社会司僕委員会、女性司僕委員会、カリタス、MTCなどがあり、各組織が援助のテーマや対象地域を定めている。

 他にサン・マルコス県内で活動する組織では、土地問題をテーマとして草の根のメンバーを持つMadre Tierra、先住民族テーマを中心とするAjchimolやFundacion Mam、様々な労働者組合他あり、相互調整ができている組織とできない組織がある。
 
 CONRED(Coordinadora Nacional para la Reduccion de Desastres de Origen Natural o Provocado 災害軽減調整委員会)法により、地域の政府機関及び自治体や地域組織などの参加による緊急対策調整会(COE-Coordinacion Operativa de Emergencia)を県・市・コミュニティのレベルで設置することが定められている。実際には今回の災害に対応する中で体制を作り始めており、十分な調整能力を有していない。
 どこの地域でも、援助が政治的に利用されている様々なケースが見られている。救援物資を受け取った市長が、自分を支援する周辺住民にこれを配ってしまい、被災者には届かない、という話はどこでも聞かれる。サン・マルコス県で住民の反対を押し切って鉱山開発を進めるモンタナ社は、インフラ改修や救援物資配布に乗りだして企業イメージの塗り替えに務め、政府はこれを賞賛する。
 一方で、援助をこれ以上待つこともできない最も困難な状況にある被災者は、既に低地やメキシコの農園に出稼ぎに出始めている。これまででも法定最低賃金の半分しか払わない農園が多く、さらに安い賃金で利用されることが心配される。

 MTCの方針としては、政府が被災者への援助を行う責任を遂行するようプレッシャーをかけると同時に、関係機関・自治体・外部援助組織による援助の展開に地域組織が参加していくよう、地域組織強化を重視しながらその調整を支援し、また社会監査システムを強化していくことを目指している。またMTCとしては県レベルのCOEに参加している。
 MTCの緊急援助計画(10-12月)では、各地域の詳細な被災状況の把握、住居建設資材援助、組織強化を中心としている。住居を失い、同じ場所に戻ることが危険である被災者に、市他が土地を提供するよう交渉すると同時に、最低限の建設資材を早急に提供する。まだまだ必要性の高い食糧及び医療援助に関しては、国家機関や司教館から取り付ける。こうした地域組織の活動を支援するために低地と高地に1名ずつファシリテーターを確保する予定。
また復興資材として、今回の洪水で流されてきた巨大な岩石を崩して砕石を作ったり、ブロックを作る機材を提供し、被災者が仕事と収入を得られるようにすることも考えている。支援の対象は、MTCの活動地域10市(低地6市、高地4市)の被災者全員とし、参加メンバーであるかどうかは問わず、地域住民同士の連帯を強化する。MTCとして活動してきていない地域でも、教会や地域組織を通じて支援するケースもある。
 復興の段階では、ハリケーン前の状態に戻すのでなく、地域開発に向けて前進させる、尊厳のある生活を達成するために、地域住民組織強化は必須。

 社会司僕委員会の計画では、12月までの緊急フェーズにおいて、食糧援助(1万家族)、医療援助(5千人)、水道改修工事(30件)を予定。その後の復興段階では、以下のテーマを中心とする。

1. 環境: 以前の状況とハリケーンの影響を受けた現状の分析から、将来への危険性を把握。
2. 農民の経済的再活性: 補助金、クレジット。
3. 被災者の再定住地確保: 休閑地を接収して提供すべき。(憲法40条)
4. 住居: 尊厳ある住居を政府に要求する。(1軒あたりQ25,000の建設費用?)
5. 市民参加: 村・市レベルの開発審議会他を通して地域開発に参加。

 被災状況のとりまとめはまだ終わっていない。県のCONREDの事務所では、41ページに及ぶ、それぞれのコミュニティの被災状況までを集約したデータを作成しているが、だいぶ漏れがある。どの機関・組織もまだ情報収集を行っている段階で、その情報が共有されていない。
 適切な支援や復興を行うためには、地域ごと、家族ごとの詳細な被害のデータが必要となるが、市や政府機関はそこまで行わずに大まかな数字だけで予算書を作成しており、MTCでは各地のプロモーターを動員して情報を集めている。


避難所の状況 
 被災者の多くは、数日避難しただけで、自分の家に戻るか、親類他の所へ身を寄せており、共同の大きな避難所は少なくなっている。避難所や親戚の家にいる窮屈さに耐えられず、家が部分的に壊されていても、また危険な条件の場所にあっても、戻っている人たちが多い。再定住するための安全な土地の確保と住居建設が必要。

農産物:
 10-11月にトウモロコシの収穫を控え、各家族の食料の貯蓄も底をついていた時期で、この収穫を失ったことで、半年から1年分の食料を失ったと言える。コーヒーも熟していた実が落ちるなどの被害があり、コーヒー農園労働者も仕事につくことが困難になる。低地では大規模な浸水で、作物の他に多くの家畜も失われた。
 また、耕作地の土が流されて石に埋め尽くされた所も多く、畑として回復させるのは難しい。

インフラ:
 県の中心から各市の中心までの道路や橋は国や自治体が改修工事を行うとしても、その先の村への、あるいは村内のインフラ改修には手を付けないだろう。アクセス道路や橋がこわれて車が入れない状態の村は多い。生産しても買い付け業者が来ないし、売りにも出せない。市の中心まで1時間以上も歩いて出荷するのは、現実的に無理。インフラが整備できなければ、村の外へ出稼ぎに行くしかなくなる。

物価:
 交通費、食料品他、何でも上がっている。県の中心から離れたアクセスの悪い地域には商品が入ってこず、値が上がっている。

恐怖:
 少しの雨や物音にも怯えたり、災害のあった数日のことを思い出すだけで恐怖を感じる、家族や近所の人たちの遺体を自分の手で掘り出した感触がまだ手に残っている、など、精神的なダメージも大きい。特に子どもたちに残される影響が心配される。

その他
<反差別国際運動IMADRが支援してきたTacanaのTuicocheとEsperanza>

 これらのコミュニティは高地の中でも高い位置にあり、大きな被害は受けていないだろう。作物への影響は当然あったろう。Tacanaの被災者数はサンマルコス県内でも最も高い数字を示しているが、被害が大きかったのは比較的低い地域で、上からの川と土砂に流されたり埋められてしまった。両側からの土砂にはさまれ、その住民も含め村の大部分が埋められてしまったところもある。

<「みるぱ」が支援する民芸品生産者>

 民芸品の縫製を担当するMarco Vinicio氏の住む村San Pedro市San Andres Chapil村でも、上の方では土砂崩れがあり、3日間ほどは村の住民ほぼ全員が避難した。4人が亡くなり、15軒の家が損害を受けている。村の役員会があり、被災者やさまざまな被害のデータを集めてある。被災者は親類などの家に身を寄せているが、データに基づいて援助物資を配布できる。すでに水道修理の援助をオランダから得たが、これも村の役員会が管理した。この村の村長が非常に積極的に地域活動を行ってきており、道の補修に住民が協力しあうなど、村内はうまくいっている。San Pedro市長は与党で、同じ政党内で援助を分け合っている。
 その隣の地区では、水量の減っていた川に大量の水が流れ込み、たくさんの家を流し去り、20名の死者を出している。この川は以前は大きかったが、周辺住民が乾期の耕作に使うなどしたため水量が減り、その両側に少しずつ家が建てられてきた所。
 San Pedro市内では、特に低い地域の川の周辺で多くの被害を受けている。住民が水を好きなように使い、川の流れを変えてきたり、森林を伐採してきた、またドイツ人は第2次大戦までこの周辺で鉱山を掘り、そのまま放置した、など、自然に逆らってきたからこんな被害が出た、以前のように自然を尊重する考え方を取り戻す必要がある、とMarco Vinicio氏。

 布の織りを担当する10人の女性たちが住むComitancillo市Taltimichi村では、作物が失われるなどの被害はあったが、人的被害や住居への被害はほとんどなかった模様。Marco Vinicio氏と女性たちの間の連絡は取れている。
 
-布の織りは、以前はいざり機しか使わなかったが、コスト軽減のためにペダルの機織り機を導入、現在は全ての布をこれで織り、帯だけをいざり機で織っている。他にかぎ針編みの商品もあり。
-縫製を担当するのがMarco Vinicio氏の他に3~4名、織りのための糸を整える女性たちが5名(San Pedro市San Isidro Chamac村)、織りのみを担当する女性たちが10名(Comitancillo市Taltimichi村)という構成。
-Comitancilloの女性たちも以前はほぼみんなが農園へ季節労働に出ていたが、この民芸品生産が最もうまく行っていた数年間は、農園へ行かなくなった女性たちもあった。今年はすでに何人かの女性たちが低地の農園へ出稼ぎに行っている。
-2000年から商品の売値を上げていない。特に米国ではインドから安く良質な民芸品が大量に入り込むようになり、競争が厳しい。糸の値や労働力などのコストは上がっているが、値を上げられないので、量産するなどしてコストを抑えることに務めている。
-民芸品の生産・販売による利益を、できるだけ正当に配分し、だれもが労働に見合う支払を受けるようにしている。例えば1ヤードの布の織り賃は、普通の市場でQ1.75のところ、このグループではQ7.50払っている。

以上

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