« コロンビアのワユ民族の女性たちの闘いとイベント案内 | トップページ | 11/14「食と農は売り物じゃない!TPP・貿易自由化を考える」分科会 »

2010/11/10

エクアドル-REDD-YASUNI

 REDD+やヤスニに関して、いくつか未整理の情報がたまっていましたので、いくつかまとめて掲載します。REDD(REDD+)についてもエクアドル国内でも異なる意見があり、またコレア大統領のとらえ方とボリビアのモラレス大統領もまた大きく異なることがわかります。

1)COP10  Aichi-Nagoya Ministerial Meeting of the REDD+Partnership
http://webcast.cop10.go.jp/player.asp?id=2610&type=ondemand
(28.38~)環境大臣
・REDD+は森林、生態系の維持にとって重要である。しかし温室効果ガスの排出削減を伴わなくてはならないし、国内法に加えて、国連宣言にも謳われている先住民族の権利を尊重することが重要である。
・REDD+は気候変動対策としても、コミュニティの利益のためにも重要である。
エクアドルではREDD+のプロジェクトとしてSocioBosqueというプログラムを持っている。森林保全を担うコミュニティに対して、支払いを行っている。
・同時にYASUNI-ITTも進めている。これに対する支援にも与してもらいたい。

2)エクアドル政府広報サイト内におけるコレア大統領に対するインタビューの紹介記事
Socio Bosque puede ser candidato para beneficiarse del mecanismo REDD
Viernes, 29 de Octubre de 2010 09:00 AA Presidencia de la Repu'blica
http://www.elciudadano.gov.ec/index.php?option=com_content&view=article&id=18104:socio-bosque-puede-ser-candidato-para-beneficiarse-del-mecanismo-redd&catid=1:actualidad&Itemid=42
 このインタビューは朝日放送が行ったもののようです。(一部抜粋)
「貧しい国において自然保護を行うためには、生活の向上が明確に取り入れられなくてはならないし、そうでなければ持続的にならないということを、日本や先進諸国は十分に考慮しなくてはなりません。ソシオ・ボスケでは、保護された面積に応じて支払うのです。」
「しかしこうしたプログラムには大きな資金が必要であり、カーボンクレジットやREDDといったメカニズムが必要となります。YASUNI-ITTへの拠出金もこうした活動に利用する目的を持っています。」
「2008年憲法は、伝統的な文化、テリトリーへの権利を保障していますが、同時に地下資源はすべての国民のものであること、正統に選出された政府がその利用について決定する権利を定めています。」
「先住民族の権利、文化は尊重しますが、資源がある場合には、こうした共同体の合意を受けつつ、採掘をします。しかしその場合にも最初の受益者はそうしたコミュニティの人々でなければなりません。」
「文化や慣習を維持することと、貧困のままに生きることを混同してはなりません。極度の貧困に生きることは、Buen Vivirと呼ぶことはできません。アイデンティティーを失わずに貧困から人々を引き出すことが大きな挑戦であるのです。地下資源はそのために利用されなければなりません。(石油開発を始めた)パニャコチャにおいても9千人に対して21百万ドルが投入され、毎年この金額が、教育などに使われるのです。」
「REDDあるいは広く炭素クレジットによって受益すべきプログラムがいくつもあります。ソシオ・ボスケもそうですし、REDDには入らないものの、”回避された純汚染”というより広い考え方に立つならば、REDDに含まれてしかるべきYasuní-ITTもあります。環境のために森林を維持することで補償されるのに、石油を地下に維持し、環境を汚染しないことが補償されないというのはおかしな話でしょう。」


3)アクション・エコロヒカ:REDD+は集団的権利の喪失を意味する
(11/5)
http://www.accionecologica.org/institucional/redd-significa-perdida-de-derechos-colectivos
 エクアドルの環境団体であるアクシオン・エコロヒカは、カンクンでの気候変動会議COP16に向けて声明を発表し、REDD+に反対する立場を明らかにしている。(声明より一部整理)
 エクアドル政府は、石油に依存した開発モデルの変革を意味しているヤスニ・イニシアティブを進める一方で、REDD+の一部であるソシオ・ボスケ・プログラムを実施している。REDD+に関する国家戦略は、先住民族の権利を定めた憲法、国内法、国際法を遵守していない。事前協議はここ2年実施されていない。
 自然の商品化を進めるだけではなく、エクアドルを世界市場における環境サービスの供給者として位置づけるものである。エクアドルは不安定かつ怪しげな炭素市場にむりやり巻き込まれ、更にこの市場は多国籍金融機関や環境破壊を続ける企業に支配されている。
 REDD+はエクアドルの領域、特に先住民族のテリトリーを、国際市場に保証として差し出すものである。このことでテリトリーに対する先住民族の集団的な権利は失われる。
 ソシオ・ボスケのような計画の実施には森林管理政策の適用が必要とされ、ソシオ・ボスケの契約には伐採・狩猟などの契約違反の際には、民法、刑法上の罰則が適用され、国家は、遠隔でのセンサー他を利用して管理をする権利を有するとされている。関心は炭素を含み、汚染の許可を意味する樹木を保護することにあり、それらは、国際市場で保証書を購入した者に属することとなる。
 アクシオン・エコロヒカは、気候変動の変員は化石燃料の採掘と使用に根本的な原因があること、そこで石油の採掘燃焼をやめることが気候変動に立ち向かう方法であり、REDD+に反対し、小農民による農業や、先住民族のテリトリーに対する集団的権利の尊重を求める。

4)国連大学におけるコレア大統領講演から (9/7)
 38分から48分ぐらいの内容です。(スペイン語から作成)
 http://videoportal.unu.edu/579 
もう一つの大きな課題は、唯一の地球をどのように守っていくかと言うことです。ここにも政治の問題があります。
地球公共財の産出と保全の扱い、消費に常に価値がありつつも、アクセスが自由な財については、共同行動と経済的論理の組み替えが必要です。空気というのは私も皆さんも呼吸することが出来ます。それに対して誰も対価を払う必要がありません。私有財の場合には、リンゴを得るためには対価を払わなくてはならないし、私が取れば、他の人が取る分は減少してしまう。
 地球公共財の産出と保全の扱いには、地球的な公共アクションが必要とされます。また経済的な論理の組み替えが必要とされます。価値の創造に対しても対価が払われる必要があります。それは商品という形を取らない場合にもです。排他可能な場合には、商品化され、対価を受け取ることもできます。しかし環境はアクセスが自由であり、非排除的なので価格をつけることができません。日本でトラクターを買おうとすれば、そのために対価を払わなくてはなりません。しかしアマゾンの森林が生み出す環境がなければ、私たちの住む環境はひどい状況だったか、あるいは私たちは生存していないかもしれません。しかし私たちはその対価を受け取ってはいません。 
 もしこうした(環境という)富を生み出しているのが先進諸国であったなら、先進諸国は既に、無理矢理かあるいは筋を通して、適切な代償を受けるための徴税のシステムを作っていたことでしょう。

 京都議定書は、市場経済の非常に意味ある進歩だったと思います。環境という公共財の産出と保全のために、市場と公共アクションを実現しました。しかしそのインセンティブは不完全なものであり、不公正で、歪みを引き起こすものでもありました。植林をした国は炭素クレジットを受け取ることができましたが、森林をそのまま保全した国は炭素クレジットを受け取ることはできません。これならまず資金的には、まず伐採して、木材を売り、その後追加的な補償を受け取りながら、植林をする方がいいのです。炭素クレジットは市場で取引され、「汚染のための容量」を得るために企業が求めているのです。
 こうした理由から既に、REDDについて議論がなされ、森林を伐採しなかった国にも補償をしようとしています。しかしこれでは不十分なのです。環境という公共財を生成し、保全するためには、Contaminacion Neta Evitada:回避された純汚染に対して補償することが必要です。Contaminacion Neta Evitadaと言うコンセプトは非常に重要です。汚染をきれいにするという活動と同様に、環境汚染を防ぐ、引き起こさない不活動ということも補償の対象となるべきなのです。Contaminacion Neta Evitadaという考え方において、「環境をきれいにすること」と「環境を汚さないこと」は同意であります。
 
 この論理に基づいて、エクアドル政府はヤスニ・イニシアティブを世界に提示したのです。世界でも有数の生物多様性を有するヤスニに存在する、エクアドルでも最大規模の油田の開発を放棄しようというのです。このことで生物多様性を保全することに加えて、大気中への4億トン以上の温室効果ガスの排出を防ぐことができるのです。
 そのかわり、エクアドルは国際社会に対して、Contaminacion Neta Evitadaに対する補償を求めています。なぜエクアドルに対して補償しなくてはならないのか?それは明確な経済的な論理を持っています。市場経済の論理と所有権によるものです。これはネオリベラルな経済理論によって進められてきたものです。エクアドルは石油開発をする権利を有しています。エクアドルが石油の開発を避けるならば、誰かがその補償をしなくてはなりません。
 ノーベル経済学賞を受賞したロナルド・コースの考え方に基づくもので、その権利(所有権)を有するものが補償されなければならないというものです。例えばここは禁煙ですが、たばこを吸いたいならば、他の人に許可を求めなければなりません。なぜなら他の人が吸わないようにと言う権利を有するからです。更にネオリベラリストならここで、吸うなら補償を払いなさいということでしょう。もしここが喫煙が許可されているならば、たばこを吸わない人は、吸う人にたばこを吸うなというためには、喫煙者に補償を支払う必要があるでしょう。誰が権利を持っているかによって、誰が補償を受けるべきかが変わるのです。エクアドルが他の国と同様に、石油を採掘する権利を持つわけで、それをするなというのであれば補償が必要なのです。
 まるですべてが商品みたいでやな感じですね。しかしヤスニ-ITTイニシアティブは利他的なものなのです。エクアドルは石油収益の半分しか求めていません。エクアドルにとってはITT鉱区を開発した方が経済的には望ましいのです。開発のためにはお金が必要なのです。
 しかしこのイニシアティブは、貧しい国であっても、気候変動と地球温暖化に対する重要な取り組みであり、またそれだけの負担をしていこうというものです。しかし大半の負担はエクアドル国民の肩にかかってくるのです。

 国連の前議長であり、友人でもあるミゲル・デスコト氏が語っていたように、ヤスニ・イニシアティブは、地球温暖化に対する最も明確な提案なのです。レトリックから具体的な取り組みへの第一歩なのです。
 イニシアティブが成功するためには、権力が優越する社会から、正義が優越する社会への変わっていくこと、そしてContaminacion Neta Evitadaと言うコンセプトに基づくこうした補償が一般化していくことが必要です。このことで、世界的な収入の配分に大きな変化を引き起こすことでしょう。貧しいけれども、環境サービスを生み出している国に資金が流れ込むのです。 これは慈善ではありません。正義の問題なのです。
 残念ながら、プラトンが述べたように、正義は強いものの利益でしかありません。ですから正義を得るためには、この地域の権力のあり方を変えていく必要があるのです。環境という公共財を生み出しているのが、先進国であったなら、既に補償を要求する仕組みを生み出していたに違いありません。

 しかしこれだけでは持続的な開発を実現することはできません。そのためには「開発」の概念自体を変えていかなくてはなりません。日本の生活レベルを中国のすべての人が要求したならば、地球はもう耐えることはできないでしょうし、それを支える資源も存在しません。現在の「開発」は普遍化できるものではないのです。
 これまでの伝統的社会主義の間違いは、「開発」のあり方について、資本主義と議論をしてこなかったことです。単にそれは、より早く、正当にたどり着くための方策を巡って競争してきただけなのです。消費主義、物質主義、生産主義。私たちは「開発」の概念を変える必要があり、そのためには私たちは先住民族から学んでいかなくてはなりません。

 ここから「Buen Vivir」の話などに・・・

|

« コロンビアのワユ民族の女性たちの闘いとイベント案内 | トップページ | 11/14「食と農は売り物じゃない!TPP・貿易自由化を考える」分科会 »

エクアドル」カテゴリの記事

先住民族」カテゴリの記事

環境」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/50657/49987055

この記事へのトラックバック一覧です: エクアドル-REDD-YASUNI:

« コロンビアのワユ民族の女性たちの闘いとイベント案内 | トップページ | 11/14「食と農は売り物じゃない!TPP・貿易自由化を考える」分科会 »