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2011/05/12

アルゼンチン:大豆と先住民族

 5月1日にブログに掲載されたダリオ・アランダの記事を紹介する。これはアルゼンチンにおける外国人による農地取得の問題と大豆生産の拡大、コム民族の土地要求を平行しながら検討した記事である。
 長文かつ背景情報を持たないとわからない部分もあり、適切ではないかもしれないが、抄訳かつ整理して紹介する。
Soja sí, indígenas no
http://darioaranda.wordpress.com/2011/05/01/soja-si-indigenas-no/

 クリスティーナ・フェルナンデス政権は、4月27日、外国人への土地売却を規制する法案を議会に提出。一方、首都の(目抜き通りである)7月9日通りではコム民族のラ・プリマベーラ村の人々が4ヶ月にわたって座り込みを続け、先住民族の権利を認めたILO169号条約の履行や憲法第75条の履行、そして老人や女性を含め負傷し、62歳のロベルト・ペレスが死亡した2010年11月23日の弾圧に対する正当な裁判を求めて、48時間のハンガーストを決行中である。

 土地の外国人所有 
 
 アルゼンチンの土地がどの程度、外国人の手に渡っているのかを把握するデータは現在存在しておらず、今回の法案の中心はこの所有者台帳を作るというところにある。
 しかし、これは大規模な大豆生産に代表されるような現在の農業モデルを否定するものではなく、土地集中という農村部における不公正の核心に触れるものではない。
 アルゼンチン農業技術局のデータによると、2%の農園が国土の半分をコントロールする一方で、57%を占める小農民などが有する小農園は3%の土地を有するだけである。また1988年に42万2000存在したこうした小農園は2002年までに24.6%減少して。31万8000となってしまった。それ以降も土地集中が進んでいるが、政府と大農園主の紛争のさなかに行われた2008年のセンサスのデータは信頼できるものではない。
  
 3月1日、議会における大統領の演説は「ブラジルモデルや家族農業」に言及し、期待を抱かせるものであった。ブラジルの法律では、土地の社会的機能にも言及しており、土地の商品化ではなく、食料生産、食料主権を確立するための土地、という方向が打ち出されるのではないか、と期待されたのである。
 しかしながら議会に提出された法案には、土地の社会的機能という言葉も家族農業と言う言葉も含まれてはいなかった。

 外国企業も外国政府も別に土地を買う必要はないのである。


 2010年10月に、リオ・ネグロ州政府は中国と24万ヘクタールの作付けに関する契約を締結。州政府は「歴史に残る重要な一歩である」と賞賛する一方で、各界がパタゴニア地方の「大豆化」につながり、環境問題、社会問題を引き起こすという懸念を表明している。
 またチャコ州政府は2月にサウジアラビアのAlkhorayefグループと「投資基金」について合意を締結。歴史的に先住民族が居住しているものの、近年の大豆生産拡大の中で伐採が進められてきた20万ヘクタールの土地が狙われているのである。州政府は土地を売らなくても、大豆を耕作することはできるのだと主張している。
 こうした取引が進めば、元来の正当な土地利用者である先住民族や小農民の土地へのアクセスが制約されるだけなく、不可逆な森林破壊、土壌流出、農薬や化学肥料による土地の汚染が進行することになる、と「チャコの土地に関する合同フォーラム」は告発している。

 小農民や先住民族にとって重要な問題は「外国人への土地売却」ではなく、近年の農業モデルである。

 アルゼンチンでは2001年における大豆の播種面積は1000万ヘクタールであった。しかし2003年には1200万ヘクタールとなり、その後のキルチネル主義の7年間(ネストル・キルチネル政権2003-2007と2007~のクリスティーナ・フェルナンデス政権)に1900万ヘクタールまで大豆のモノカルチャーはふくれあがったのである。これはアルゼンチンの耕地面積の56%にも達する。これほどまでに大豆生産が広がったことはかってなかったことである。
 そしてその背後で大規模で暴力的な土地からの排除が広がっている。農民先住民族運動(MNCI)は大豆生産地の拡大で20万家族が農村を追われたと推測している。しかし中央政府も地方政府もこうしたアグリビジネスの拡大によってどれだけの紛争が引き起こされているか正確な数字を押さえてはいない。
 
 NGOや社会運動グループ、学者などが参加しているREDAF(アルゼンチン・チャコ地方アグロフォレストリーネットワーク)は2010年に「チャコ地方の土地・環境紛争」[1]について報告書を刊行したが、そこでは800万ヘクタールの土地を巡って164の土地紛争が存在することが明らかにされた。しかしこれはアルゼンチン北部の6州の話に過ぎない。
「土地紛争は、異なる文化を押しつけられたことによる領域空間の利用と管理を巡って引き起こされている」とREDAFの報告書は告発する。89%の紛争は2000年以降に始まっており、この地域の農業フロンティアの拡大を引き起こした大豆輸出モデルの広がりと一致している。
 4月19日、多数の農民組織が一握りの議員とともに、農村部における土地からの排除を止めるための法案を提出した。しかし政権内にこれの法案に向けた政治的意志は見られない。

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 法令125

(2008年に大豆、小麦、ヒマワリ、トウモロコシの4つの産品に対して、国際市場の変動に連動して徴税率が変動することを定めた法令。その後農企業家の連合体による反対運動が続き、撤回される[2])

 大豆輸出の83%はCargill, Noble Argentina, ADM, Bunge, LDC-Dreyfus, AC Toepfer、 Nideraに握られ、大豆油の82%は次の5社、Bunge, LDC-Dreyfus, Cargill, ADG、Molinos Río de la Plataによって占められている。また大豆関連商品の90%は次の6社、Cargill, Bunge, Dreyfus, AGD, Vicentín y Molinos Río de la Plataの手にある。
 しかし法令125、そしてその後の紛争を通じて、これらの企業の利益が危機にさらされたこともなければ、大豆輸出モデルに疑念が呈されたわけでもない。政府にとっても、税収と貿易黒字をもたらす大豆輸出モデルは好都合なのである。

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 共犯関係にある国家

 REDAFは、紛争の解決のための取り組み、あるいはその無策の中心には国家の責任があると指摘する。問題を解決しようという政治的決定の欠如そして免責が存在している。人々の要求を無視し、聞いたかと思えば、それはコミュニティや組織を分断するために利用するだけである。

 すべての紛争は非対称な条件の中にある。企業や経済的資源を有する個人そして国家が先住民族や農民の家族と土地を巡る紛争にあるが、前者は情報をコントロールし、マス・メディアへの影響力を有し、多くの資源と権力との結びつきを有している。しかし国家は先住民族や農民に対してほとんど支援をせず、直接的にせよ、間接的にせよ、紛争の網一方の側についているのである。口先では疑問を投げかけたりするものの、実際には略奪的な生産モデルを支持し、先住民族や農民の生命を危機にさらしているのである。

 環境政治研究グループによって2010年に発行された「アルゼンチン農村におけるアグリビジネスによる暴力」[3]では、農民や先住民族に対する暴力の増加を確認するとともに、犯罪化、軍事化、身体的強要の問題を取り上げている。
「アルゼンチンの農村部において増え続けている暴力は地球規模の農業戦略と国家政策の履行の条件と考えることができる。テリトリーにおいて自然の富を略奪し、消尽していくのである・・・アグリビジネスと、先住民族や農民コミュニティとのテリトリーを巡る紛争、そして暴力は、アグリビジネスが後者に対して展開するものであり、土地集中のプロセスの現れである」と報告書の作成に関わった研究グループの社会科学者は説明する。
「農村部での暴力は土地と先住民族の権利に関する制度の欠如を明らかにするだけではなく、それは国家の対応そのもののようである」という。

 2009年の10月12日にはトゥクマンでハビエル・チョコバルが殺害され、2010年3月13日には、長年生活してきた土地に侵入しようとするブルドーザーに立ち向かった33歳のサンドラ・エリ・フアレスが死亡している。11月23日には、伝統的な土地への権利を求めて道路封鎖をしていたフォルモサのラ・プリマベーラ村においてコム民族のロベルト・ロペスが警察の弾圧で死亡している。これらの殺害事件の責任者は処罰されてもいない。

 社会運動を犯罪化しようという動きも増加している。先住民族人権モニター(ODHPI)はネウケンだけで、マプチェ民族に対して40の刑事訴訟があり、世代を超えて生活してきたテリトリーを擁護したことで犯罪とされて、200人が犯罪者とされている。
 こうした抑圧や犯罪化は、外国人によって引き起こされるのではない。暴力、銃弾、処罰、収監、これらは同国人によって、州政府や司法当局、そしてすべてのアルゼンチン人の協力によって進められているのである。  

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 真摯な国

 外国人の土地取得を規制する法案について説明した際、クリスティーナ大統領は次のように述べている。「既得の権利になんら影響を与えるものではありません。ここは明らかにしておきたいのです。これまでのゲームのルールを変えようというのではありませんし、これまでに正当であった規制に誠実に従って入手したものに損害を与えようというのでもありません。」法律を尊重しない国はまともな国とは言えない、と考えているというのだ。

 しかし、先住民族や農民は彼らの土地への権利を守るための法律を有している。憲法第75条であり、ILO169号条約であり、法26160であり、民法で定められた20年にわたる占有による権利である。REDAFによると99%の土地紛争は、国家や司法当局が、先住民族や農民に対して現行法で定められている土地権を認めないところに起きているという。また93%の紛争は土地の所有権に関連してコミュニティの伝統的な権利を侵害することによって引き起こされているのだ。

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 通告

 2010年5月、国内の先住民族による大規模なデモが繰り広げられた。これは200年の歴史で初めてのことであり、多数の先住民族が5月広場に到着し、行政府の者と対話を行った。
 20数名の先住民族リーダーは大統領と対話を行い、その必要性、特にテリトリーの擁護と大豆や植林モノカルチャー、鉱山、石油開発などの略奪型のモデルを拒否することについて訴えた。しかし大統領は、もし先住民族コミュニティに石油が発見されたなら、移転はできる限り心痛の少ないやり方で行うと応えたのである。
 多くの者が政権を支持していたにも関わらず、先住民族リーダーはこの回答に驚きと失望の入り交じった思いをさせられた。果たして大統領は先住民族の要求を理解したのだろうか、あるいは最初から決定はなされていたのか

 しかし、ラ・プリマベーラ村で起こった事件は、矛盾とはいえないものであった。それは人の命がかかった決定であった。また政府による「2010-2016年の農業・食料戦略」は大豆生産を拡大するものであり、それは農業フロンティアを広げ、それによる社会的・環境的な影響を増加させるものでしかなかった。
 中央政府の決定は、農民や先住民族の土地に更に深く侵入しようとするものなのである。
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 決定

 フォルモサにおけるコム民族への弾圧から5ヶ月、中央政府が州知事と結託していることを否定することはもうできない。
 体系的な人権侵害にも関わらず、クリスティーナ大統領は州知事と固い結束を維持しており、また官房長官は、政府機関で唯一ラ・プリマベ-ラ村の支援を行っていた反差別庁長官の活動を制約した。
 国家先住民族局も、州知事の意向通りに活動しており、多数の有能な職員を抱えるにもかかわらず、コミュニティは何の期待をすることもできず、先住民族の要求を届ける障害となっているに過ぎなかった。
 しかし、最も明確で、そして悲しむべき証拠は、大統領の沈黙である。一度たりともこのテーマについて公式に言及することはなく、殺害されたロベルト・ロペスの家族との面会を受け入れることもなく、7月9日通りにおける長いピケにも、ハンガーストライキにも何ら動きを見せることはなかった。
「先住民族に対する現在のジェノサイドには、もう武器を使うことはない。見えない存在として、無視し、死にゆくに任せるのである。無視によるジェノサイドである」と2008年に最高裁判所の裁判官であったラウル・エウヘニオ・サファロニは語っている。
 「(先住民族)が声を持っていないのではなく、それが聞き届けられることがないのだ」とエドゥアルド・ガレアーノも言う。[4]

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 人権

 誘拐、幼児略奪、拷問、強制収容所、失踪。
アルゼンチンの先住民族は、ナチズムそして軍事独裁政権の被害者と同じ被害を受けてきた。しかし彼らに対するジェノサイドは否定され続けている。
「19世紀末から20世紀初頭にかけて、国民国家の強化のため、先住民族の自治を破壊する軍事活動を展開した統治体制はいまだ倒されてはいない。それは現在まで続いているのである」と歴史家であり、アルゼンチンにおける先住民族政策におけるジェノサイドについての研究ネットワークの共同代表であるバルテル・デルリオは語る。 研究ネットワークは今日においてもジェノサイドの実践プロセスは先住民族を圧迫し続けていると断言している。かっては銃弾、殺害、奴隷化が行われたが、今日はコミュニティ領域への侵入、土地からの排除、抑圧、生存手段の剥奪、飢餓、差別そして忘却によって進められているのである。

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 1976年の軍事クーデターから28年後、秘密の拘置施設として使われた軍工科学校は人権組織の手に引き渡され、「二度と繰り返さない」という記憶のためのスペースとなった。
 しかし砂漠作戦(Campaña del Desierto:アルゼンチン南部の先住民族制圧のために行われた軍事作戦[6])から130年が経とうとしているが、先住民族の歴史的記憶を保つための空間は存在していない。その一方この作戦を指示したフリオ・アルヘンティーノ・ロカ大佐の名前は、いくつもの道路や学校に冠され、記念碑は乱立し、侵略を受けたマプチェ民族のテリトリーの中心に位置するバリローチェの中央公園でも挑発的な姿を見せ続けているのである。(1976年のクーデターを引き起こし多数の人権侵害事件の責任者である)ホルヘ・ラファエル・ビデラの彫像が、(ブエノスアイレスの)5月広場に据えられていることなど想像できるであろうか。

 1994年、24.411法が制定され、国家テロによる被害者への補償が定められた。しかし先住民族への虐殺の被害者に対してはどのような補償も検討すらされていない。

 現在においても、先住民族に対する体系的な人権侵害が世論を揺るがすスキャンダルとなることはなく、知識人や政治家、ジャーナリストによって否定されることすらある。先住民族に対する虐殺の被害者は、都市住民でも中間層でもないからである。

 こうした事実を拒絶する背景には民族的要因、社会階層、そして経済的な要因が存在している。ここ1世紀半の開発モデル、農産物輸出、石油、森林資源、鉱物資源などの開発は、すべて先住民族の伝統的テリトリーの上で行われてきたのである。

 先住民族にとって「二度と繰り返さない」ということはなかったのである。

(まとめ、抄訳 青西 ()は青西付記)

Argentina: soja sí, indígenas no, Darío Aranda
http://darioaranda.wordpress.com/2011/05/01/soja-si-indigenas-no/

付記 (青西作成)
[1]Conflictos sobre tenencia de tierra y ambientales en la región del Chaco Argentino http://redaf.org.ar/observatorio/wp-content/uploads/2009/04/Conflictos-de-Tierra-y-Ambientales-datos-relevados-hasta-Agosto-2010.pdf
[2] Paro agropecuario patronal en Argentina de 2008
http://es.wikipedia.org/wiki/Paro_agropecuario_patronal_en_Argentina_de_2008
[3]La violencia rural en la Argentina de los agronegocios
http://www.iigg.fsoc.uba.ar/sitiosdegrupos/rural/violencia_gepcyd_2010.pdf
[4]Félix Díaz junto a Eduardo Galeano en el acampe de lucha y resistencia QOM.flv
http://www.youtube.com/watch?v=DIWmD5kLLhI
スペイン語で発言内容も記載されています。
[6]Argentina: Estudio sobre “Campaña del Desierto” confirma genocidio contra mapuches
http://servindi.org/actualidad/39484?utm_source=feedburner&utm_medium=email&utm

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